5-2. ステップ2:相手に日本の考え方を説明する
プロジェクトの初回ミーティングが始まり、「期限の相談」の議題に入りました。ここでの目標は以下の通りです。
日本の期限の考え方を説明し、相手の考え方も話してもらい、まずはギャップを明確にします。
ここからは会話形式でお互いの異文化コミュニケーションの仕方を見て行きましょう。最初は険悪な言い争いから始まります。
Vietnam: 期限についてですが、これはちょっと早すぎませんか。このままでは期日までに納品するお約束はできません。
Japan: とは言っても前回のように余裕を持って期日を設定した上で結局約束を破られては困るんですよ。
Vietnam: あれはしかたなかったのです。期限を延ばしていただかなかったら、ご要望の質では納品できませんでした。弊社のスタッフの体調が優れない時期があったので、致しかたなく期限の延長をお願いさせていただきました。実際に納品後のバグは少なく済んだではないですか。
Japan: ええ、それは助かりました。なにせバグのチェック期間がおかげさまで2週間も削られましたからね。
Vietnam: 結果的に丸く収まってよかったではないですか。期限が伸びなければ私どものスタッフのモチベーションは下がって、会社の雰囲気が悪くなるところでした。
Japan: 会社の雰囲気のためにクライアントへの納品が2週間も遅れたのですか!?
Vietnam: そうですよ。ベトナムではとても大切なことなんです。
Japan: 日本ではそれは言い訳にはなりませんよ。日本とビジネスをするならそこは改めた方が良いかと思います。
Vietnam: 私どももそれは前回のことから学びました。日本の企業と仕事をするのは初めてでしたので、ご容赦ください。
Japan: いえ、こちらこそ、弊社がまた御社と仕事をすることに決めたのは、やはり質がよかったからですから。・・・どうでしょう、今回はプロジェクトを始める前にお互いのことをもっとよく理解するというのは。前回はお互いのやり方がかみ合わずストレスを感じる時期があったものの、最終的に私どものクライアントには喜んでもらえました。きっと、弊社と御社の間でもっと上手いやり方があるのではと思っています。
Vietnam: 弊社としましても、このようなチャンスを与えていただいているので、私どものクライアントである御社にもっと喜んでいただきたいです。
Japan: ありがとうございます。どうやらお互いがかみ合っていないのは期限についてだけのようなので、この点について少し話しませんか?
Vietnam: わかりました。
ここから「期限」という概念について、お互いの理解を確認し、ギャップの正体を突き止めます。
Japan: 日本では全体の和がなによりも大事にされています。周りに迷惑をかけたくない、という思いが強いので、問題なく事が進むことを重視します。たとえば弊社がクライアントへのシステムの納品を期日までにできないと、クライアントに迷惑がかかります。クライアントはクライアントの社内外の人にシステム使用開始時期を約束しているはずです。弊社が期限を破るということは、クライアントにクライアントの利害関係者との約束を破らせることになります。このような事態はなんとしても避けなければなりません。このため、弊社へのシステムの一部の納品が遅れるのは非常に心臓に悪いのです。
Vietnam: なるほど。そういうことだったのですね。だとすると、僭越ながら申し上げますと、弊社の期限を延ばすべきだという判断は間違いではなかったかと思います。ベトナムでは現場の雰囲気が大事と先ほど申しましたが、理由のひとつは、ベトナムでは従業員の離職率が高いことです。ベトナムの若者は特に、1年から2年ほど経験を積んだらすぐに次の企業へ転職していきます。しかもベトナムは現在急速に発展しているので、人材に関しては完全に売り手市場です。今いる会社の雰囲気が良くなかったら、若者の立場からすれば居残るよりも別の職場を探した方が有意義だと思います。弊社としては社員に退職されたら困りますし、プロジェクトの途中で退職されたら御社にもマイナスです。幸い前回は期限を延長していただいたおかげで、退職者は出ませんでしたし、2週間の延長で済みました。
Japan: そういうことだったのですね。言ってくれればよかったのに、と言いたいところですが、やはりこのようにちゃんと話し合う機会がなかったのがいけませんでしたね。我々もこちらが期待することを明確にせずに失礼しました。日本においてdeadlineが「7月31日まで」ということは7月31日までに必ず納品、という意味です。これは交渉の余地がありません。
Vietnam: ベトナムではdeadlineはどちらかというと努力目標のようなものです。チームや家族など、自分の身の周りの人と良好な関係と雰囲気を保つことを大事に思っています。ですから期限を延ばすなどしてチームに無理をさせないようにします。日本ではお客様の方がより大事だと考えているのでしょうか?
Japan: そうですね。外側の人間に喜んでもらうためなら、内側の人間が多少の無理をするのは仕方ない、と考えているのかもしれません。
期限に対しての考え方の違いの他に、内部と外部の人間の優先順位の違いが見えてきました。