異文化と一言でいっても、形式は様々です。
そんな状況の中で企業の人事担当者が上層部から「社員の異文化コミュニケーション能力を強化せよ」との指示を受けたとしたら、なにから手をつければいいのやらと、途方に暮れるのではないでしょうか。
この記事では、「この国と取引するからこの国との異文化コミュニケ-ション方法の研修を作ろう」という場当たり的な研修ではなく、社員一人ひとりが能動的に異文化とのコミュニケーション能力を向上するよう働きかける研修の仕方を、事例を踏まえてご紹介します。
異文化と一言でいっても、形式は様々です。
そんな状況の中で企業の人事担当者が上層部から「社員の異文化コミュニケーション能力を強化せよ」との指示を受けたとしたら、なにから手をつければいいのやらと、途方に暮れるのではないでしょうか。
この記事では、「この国と取引するからこの国との異文化コミュニケ-ション方法の研修を作ろう」という場当たり的な研修ではなく、社員一人ひとりが能動的に異文化とのコミュニケーション能力を向上するよう働きかける研修の仕方を、事例を踏まえてご紹介します。
【目次】
まず「異文化」とは国と国との間の違いのみを指す言葉ではありません。
企業が違えば文化は違いますし、企業の中でも部署、チーム、最終的には個人レベルでの文化の違いがあります。
異文化コミュニケーション能力とはたとえどのような相手であっても効果的なコミュニケーションがとれる能力を指します。
異文化コミュニケーションにおいては、知り、考え、伝えあう、という3つのことを繰り返すことで意思疎通が叶います。
知るのは受け身でもできますが、考え、伝えあうのは受け身の姿勢ではできません。
このため、研修参加者によっては「めんどうだ」と思ってしまいます。
そこで各ステップが「楽しい」ことだと印象付けることが重要です。
旅行やお祭りのように、人は楽しいことにはお金も労力も惜しみません。
上記3つの異文化コミュニケ-ションの楽しさを覚えることで、社員は自ら進んで知り、考え、伝えあうようになります。
この3つが具体的になにを意味するのか、異文化コミュニケーションの機会に直面した2つの事例を通して、「知る」「考える」「伝えあう」大切さを見ていきましょう。
最初に紹介するインドでの事例において重要なポイントは、以下の文化の違いです。
どちらも至極まともな考え方に思えますが、インドで日本人が実際に問題を共有するとなると、この相違点が大きな溝を生むことがあります。
海外に行けば”えっ”と驚くことがあって当然です。
異文化に出くわしたら慌てずに、まず相手の根本的な考え方は何であるか、から考え始める習慣を身につけましょう。
それでは事例を見ていきましょう。
日本の自動車部品メーカーに勤める日本人社員のFさんは、インドにある自社工場の工場長に任命されます。
着任早々、彼は工場の品質管理や作業工程などの問題点を徹底的に洗い出すのです。
そして現地のインド人スタッフを一室に集め、こう言い放ちます。
Fさん:「このような問題が、これだけ見つかった。」
現地スタッフ:「・・・で?だからなんでしょう?」
Fさんは予想外の反応に戸惑います。
Fさん:「いや、だから、これらの問題を解決しないと。」
現地スタッフ:「なぜそのような必要があるのですか?」
同じ英語をしゃべっているはずなのに、お互いの意見が通じません。
問題解決の意義からいちいち説明をしているうちに打ち合わせは当初の予定より大幅に長引きます。
そして「人生で生まれてはじめてこんなに英語を使った」というくらい話をして疲労困憊のFさんは、現地スタッフのこの一言からようやく、世にも奇妙な会話の解を得るのです。
現地スタッフ:「改善することのメリットはわかりましたが、なにごとも問題があって当然じゃないですか?」
それではここで、この事例を先ほどお伝えした異文化を楽しむ3つのポイントに当てはめてみましょう。
①ここでFさんはインドの異文化を「知る」ことになります。
インドでは問題があったとしてもそれを許容し、共存していこう、という考え方が一般的なのです。
②次に問題の改善に協力してもらうためにはどうしたらいいのか「考える」必要があります。
問題があるという事実だけを伝えてもインドの作業員は動いてはくれないので、改善することで得られるメリットをきちんと説明しなければなりません。
工場の生産性や品質がどのように、どのくらい上がるかを述べる必要があります。
③最後に、改善のメリットをインド人作業員たちが魅力的に感じるように話し、さらに彼らの意見を受け止めるという「伝えあう」ステップが待っています。
「生産性や品質がよくなるということは、無駄にかかっていた人件費やコストが削減され、きみたちのボーナスが増えるということです。改善すればするほどボーナスが増えます。増えたボーナスを使ってなにがしたいですか?」
などと話し、やる気に結び付けることが重要です。
Fさんは最終的に、問題改善後に削減されたコスト分を発表し、一部を還元すると約束することで作業員たちの同意を得ることができました。
知り、考え、伝えあうことでFさんは文化の違いをみごと乗り越えたのです。
モルモン教という宗教をご存じでしょうか?アメリカ生まれのキリスト教系宗教です。
喫煙、アルコール摂取はおろかコーヒーも禁止、日曜日はショッピングを含むいかなるレジャーも楽しんではならない、という厳しい戒律を守る(個人によって厳しさの度合いは違います)他、ビジネスがうまいと定評のある人々です。
モルモン教徒が交渉上手である他、彼らとは異文化のビジネスマンが「やりにくい」と感じるもうひとつの要因は、いわゆる「飲みニケーション」という手段が通用しないことでしょう。
この点をふまえて、ある日系商社とモルモン教の会社との異文化コミュニケーションの事例を見てみましょう。
あるモルモン教の会社と繊維取引の契約を結ぼうと米国ユタ州に乗り込む商社にお勤めのKさんは、モルモン教徒と接するのは初めてです。
英語は得意なので初日の交渉は無難に進行します。
しかし独占契約を結ぶためには、やはり信頼関係構築は避けては通れないと交渉中に痛感します。
Kさんは「一緒に飲む」という常套手段がとれないことは下調べでわかっています。
それでもやるしかないと、相手側を食事に誘います。
娯楽とは縁遠いと噂に聞くモルモン教徒と自分との共通点はなにかないか。日本では鉄板のゴルフの話題は使えなさそうだ。食事の席につき、Kさんは考えます。
宗教や趣味嗜好の話題に触れずに楽しい会食にするにはどうすれば。
考え抜いた末、Kさんは答えを見出します。
バックグラウンドに関係なく誰にでも共通して響くもの、それは「笑い」と「家族」だと。
トルコでの駐在経験があるKさんはそこで目にしたものごとをおもしろおかしく話します。
なじみのない国の話に相手は興味深そうに聞き入ります。
また、平均8人もの子供を持つという相手の家庭についてKさんは純粋に関心を持って質問します。
こうして相手の宗教に直接触れることなく異文化交流を成し遂げ、その日の会食は笑顔で解散となるのです。
ではこの事例も3つのポイントに当てはめてみましょう。
①Kさんは、モルモン教の習慣について人に聞いたりインターネットで調べたりして事前に「知る」ことをしています。
こうすることで飲食や娯楽に関する戒律を知り失礼がないように配慮ができる他、この時点で自らの文化と大きく異なる相手側の文化に興味を持っています。
②飲酒禁止などの縛りがある中、Kさんはそれでも会食を楽しいものにするにはどうすればいいのかを「考え」ます。
万国共通、全人種共通の価値観とはなにかを考えた結果、「笑い」と「家族」は共通の価値観という結論に至ります。
一見当然のことのように思えるかもしれませんが、異文化の相手とはじめて対峙する時、発言の内容によっては失礼になるのではないかと躊躇し、結局発言の機会を逃してしまうものなのです。
Kさんのようにこの話題なら大丈夫という絶対の自信がないと、なかなか自分から話を振ることはできません。
③Kさんの会食の目的は、友好を深め信頼関係を築くことです。
お互いに興味があることを「伝えあう」ことが重要です。相手側の人を「異文化」と決めつけず、個人個人に興味があるのだと示すことが大事です。たとえば:
X 「モルモン教徒は子だくさんだと聞きますが、どのような暮らしをしているのですか?」
○「お子さんは何人いらっしゃるのですか?8人も?それはすごいですね。どんなお子さんたちなのですか?」
と、あくまで個人に対しての質問をします。
立場が逆ならば、日本人全般に興味がある、と言われるよりも、あなたに個人的に興味がある、と言われるほうがうれしいはずです。
この会食後、独占契約まではなりませんでしたが、Kさんが働く商社とモルモン教の繊維製造会社は今でも良好な関係が続いています。
異文化どうしの関係性を築くのではなく、人どうしの関係を築くことが、どのような異文化にも対応できるコミュニケーション方法です。
ふたつの事例を見て、知り、考え、伝えあうことがいかに大切であるかがお分かり頂けましたでしょうか。
これら3つのポイントを意識して研修プログラムを組めば効果的に社員の異文化コミュニケーション能力を鍛えられるはずです。
そしてさらに、この3つをすることに社員が楽しさを見出すことができれば完璧です。
ではどのような研修をすれば知る、考える、伝えあう、が楽しくなるのでしょう?
以下に30分以内にできる効果的な研修アクティビティーを3つ提案します。
各アクティビティーはふたり一組のグループ三組を対象にすることを想定しています。
これらのアクティビティーは定期的に、繰り返し行うことで効果を最大限に発揮します。
最終的には異文化コミュニケーションに対する抵抗をゼロにするのが目標になります。
グローバル社会ではビジネスの知識を持つのがいわば最低条件です。
ビジネスの知識の豊富さに加え、見聞が広く、教養あふれる人はそれだけ多くの異文化と接点が作れるというアドバンテージがあります。
新卒の採用面接でマニュアル通りの受け答えしかしない学生が魅力的に映らないように、世情にうとく、自分の意見をしっかり示さない人間はグローバル社会では興味を持ってもらえないのです。
異文化のことに限らず、いかなることも「知る」ことで自らのアドバンテージに変えられるということを、社員が研修を通して納得し、実感することが大事です。
以下に「知る」楽しさを伝える研修に用いることができるアクティビティーの例を作りました。
最初の円内の情報を最後の円内の出来事(あくまでフィクションです)と結びつけるのが目的です。
空いている円を、研修員自らの知識やネットをつかったその場でのリサーチから得た情報で埋めます。
最後に各グループがたどりついた答えを発表し、差異があれば議論します。
リサーチは事前課題としておき、グループ内ディスカッションに10分、グループ間発表と議論に20分を割くと良いでしょう。
以下が解答例になります。
無為自然:がんばって努力をしたあとの結果は、結局のところ天が決めることだとし、自然の流れに任せるという考えです。
また、新たに学んでは、学んだことを手放すこともよしとしています。
これにより、先入観や差別観などの執着を手放します。
台湾では北京語を公用語とし、日常会話に台湾語を使い、高齢者の多くは日本語を話し、若い世代や観光地付近で働く人は英語を話します。
世代や住む地域によって使う言語が異なるため、台湾人は違いや変化に柔軟に対応する人々と考えることができるのではないでしょうか。
経営者が変わったからといって、自分が努力することに変わりはない、と考えるのかもしれません。
このアクティビティーを通して研修員に「なるほどな」と思わせることができるはずです。
また、台湾人の考え方に少し興味を持ってもらうこともできるはずです。
このように異文化の背景や宗教などの考え方の源を「知る」ことに楽しさを感じると、文化や考え方の違いをストレスに感じるのではなく、逆に興味を持つというアドバンテージが生まれるのです。
昨今ではこのように「リベラルアーツ(教養)」に聡く、関心があることがグローバル人材のひとつの資質と言われることもあります。
上記のアクティビティーで多くの台湾人の考え方の背景を知ることができました。
これを踏まえて、次のアクティビティーで異文化の相手の立場になって「考える」楽しさを伝える方法を見てみましょう。
注意する点として、繰り返しになりますが異文化とは国レベルから個人レベルまでのことを言います。
たとえば台湾人の背景や宗教から来る考え方の傾向はあくまで傾向として捉え、個人個人の背景や置かれている状況も考慮することが重要です。
以下が「考える」楽しさを伝えるアクティビティーの例です。
円内の出来事をもとに、異文化の相手の理解しがたい言動の理由を考えます。
ここでも最後に研修員たちに各々の答えについて議論させるといいでしょう。
道教や台湾人の人柄などのさらなるリサーチを事前課題としてあらかじめ出しておき、セッション中はグループ内ディスカッションに10分、グループ間発表と議論に20分を割くといいでしょう。
以下が解答例になります。
彼女はあきらかに優秀な社員です。
しかし昇格し、仕事はうまくやっているのにモチベーションが低いのはなぜでしょう?
自他の面子を重んじる台湾人は、個人としては優秀でもチームで実力を発揮できないことがあると言われます。
なぜならば、自分が他のチームメンバーより活躍することで、チームメンバーの面子をつぶしてしまうのではないか、と考えることがあるからです。
特に気心の知れた仲ではない人で構成されたチームにおいて、この傾向が強く表れるようです。
日本の会社からすれば外国人の、しかも子会社からの新参者である自分が目立つということに、彼女には抵抗があったのかもしれません。
また、もし彼女に道教のバックグラウンドがあるとしたらもう一つの可能性が見えてきます。
プロジェクトリーダーになるということはおそらく仕事量が増えるということです。
無為自然を重んじる道教的な考えからすれば、過度に働くのは自然な状態とは言えません。
彼女は、心を健全な状態に保つためには、プロジェクトリーダーという職務は自分にふさわしくない、と考えたのかもしれません。
「知る」アクティビティーと同じく、このアクティビティーにも正しい答えはありません。
しかし相手の考え方を考えてみることは双方の歩み寄りに必要不可欠です。
相手の立場になって真剣に考えている時点で、頭の中を相手でいっぱいにしているわけですから、親近感が増すことは間違いありません。
また答え合わせをするように、本人に直接聞いてみたいと思うのは自然です。
これで自分から相手に話しかけ、歩み寄りの一歩を踏み出すための動機ができるのです。
このプロセスを繰り返すことで、研修員は相手の立場になって「考える」ことがクイズゲームのように楽しいと感じることができるはずです。
「考える」アクティビティーで、研修員は異文化の相手の立場になって考える楽しさを学びました。
相手本人と対話することで立てた仮説が正しかったかどうかを確認したあと、今度はどのように相手とコミュニケーションを取ればもっとも響くのかを考えるのが最後のステップです。
このアクティビティーは特に難しいので、研修員どうしでグループを組んで行うことをおすすめします。
お互いとの対話によって答えを導き出すことで達成感を得られます。
また対話によって達成感を感じることで、考えが違う相手と話し合うことに楽しみを見出すことができます。
結果的に異文化コミュニケーションの訓練になるのです。
前のアクティビティーから引き続き、優秀な台湾人の社員を例に取りましょう。
次の「伝えあう」アクティビティーでは、仕事はうまくいっているのにも関わらず、彼女のモチベーションが低い理由を以下の通りとします:
彼女は会社を辞めることも考えています。
しかしせっかく雇用した彼女のような優秀なプロジェクトリーダーを失いたくはありません。
彼女の背景や考え方を踏まえて、上司としてどのようなコミュニケーションを取れば、またどのようなことをしてあげれば彼女が喜んでプロジェクトリーダーの職務を続けることができるかを考えます。
以下の問題別に分けられた円をグループが考えたアイディアで埋めます。
他のアクティビティーのように、最後に各グループの答えを発表します。
今回は事前課題はなしで、グループ内ディスカッションに10分、グループ間発表と議論に20分を割くといいでしょう。
以下が解答例になります。
チームメンバーの考え方を共有してあげることによって、同僚の面子をつぶすかもしれないと不必要に心配することもなくなります。
プロジェクトの責任者となると大変そうなイメージがあるが、やり方によってはそうでもない、というように違った見方を示してあげるといいかもしれません。
高い能力を有する彼女がまだ不得意な「仕事量を減らす」という異質の目標を提案して、メンターとして目標達成のサポートをすることを約束すればモチベーションが上がるのではないでしょうか。
このアクティビティーにも答えはありませんが、意見交換をすることで研修員は自分のアイディアへの反応が見られます。
また他者の意見を参考にし、視野を広げることができます。
こうすることで相手と「伝えあう」楽しさを学んでいくのです。
* * *
いかがでしたか?
今回紹介した一回30分、1セット90分の研修問題を定期的に実行することで、研修員に異文化コミュニケーションにおける「知る」「考える」「伝えあう」という有効なアプローチを訓練させることができます。
週一回などの頻度で研修を定期的に、長期にわたり同じルールのもと(事例だけを入れ替えて)実施することで、研修員は次第に研修セッションをスポーツのように捉え、次回を楽しみにするようになるでしょう。
研修の進行役が取りまとめるまでもなく研修員たちが自ら進んでディスカッションをするようになる頃には、異文化コミュニケーションに対する抵抗もなくなっていることでしょう。
あなたにぴったりの、お得な情報をお届けします。