登場人物と背景


この記事では、以下の架空のシチュエーションを通して、コーチングを解説していきます。

◆登場人物

小林律子さん
– デンマークのブランド家具メーカーBenjamin Stoolsの日本支社で日本でのマーケティングを任されている。意欲的で新しい試みをするのが好き。英語が堪能で、Benjamin Stoolsに入社して5年。初めての外資系企業。

ルーカス・キクチさん
– Benjamin Stoolsのデンマークにあるグローバル本社の方針で、各国の支社に配属されたコーチのうち、Benjamin Stools Japanの担当者。イギリス人の母と日本人父を持ち、国際感覚に優れている。インテリア業界で働いた経験はないが、外資系企業と日系企業両方での勤務経験あり。

ハンス・ピアソンさん
– Benjamin Stoolsのアジア圏ブランドマネージャー兼アジア諸国マーケットのマーケティング部長。香港支社勤務。日本はその他のアジア諸国マーケットとは別マーケットに分類されているため、小林さんの直接的な上司ではない。しかしブランド管理においては、日本もハンスさんの管轄下にある。

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背景

Benjamin Stoolsの家具は欧米では人気のインテリアメーカー。

日本に進出して10年になるが、ここ数年売り上げは伸び悩んでいた。
昨年になって、小林さんの企画でBenjamin Stools Japanが独自開発したインテリアシリーズが日本でヒットし、アジア圏部門で社長賞を受賞した。

Benjamin Stools Japanは次の一手を期待されている。

1. 現状の確認


Benjamin Stools Japanのコーチに1週間前に就任したキクチさんと小林さんは、すでに初対面ではありませんが、今日が初めてのコーチングセッションです。

キクチ:小林さん、おはようございます。

小林:おはようございますキクチさん。今日はよろしくお願いします。

キクチ:こちらこそ。この間はグローバル本社から社長賞を受賞されたそうですね。おめでとうございます。

小林:喜んでいいものなのやら、ですけど。

キクチ:いや、すばらしいことです。まあ、そのあたりも今日のセッションでお話しいただけるとなにか新しいアイディアにつながるかもしれませんね。

小林:えー・・それはどうでしょう。コーチングは受けたことないので、至らないところもあるでしょうが、よろしくお願いします。

キクチさんは事前に、小林さんがヒットを生み出した後の次の一手に取り組んでいることを知っています。
今日はその点についてのコーチングです。
キクチさんが質問をしていく中で、小林さんの現状を正確に確認するにあたって、彼女の言うことをオウム返ししているところに注目してください。

キクチ:小林さんはじめBenjamin Stools Japanは去年大活躍されたそうですね。

小林:ええ、まあ。

キクチ:もう次の手は考えてあるんですか?

小林:去年Japanで独自開発した商品ライン『Ben’s for Japanese Homes』をさらに生産してもっと積極的に売ろうとしています。

キクチ:さらに生産してもっと積極的に売ろうとしているんですね。去年その『Ben’s for Japanese Homes』がヒットした要因というのはどこにあったと思いますか?

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小林:うちの商品は欧米の住宅向けに作られているので、とにかく大きいんです。日本の家はそんなに大きくないので、デザインは良くても部屋に入らないよ、という声をお客様からけっこういただいておりまして。じゃあ小さいサイズのものを自分たちで作っちゃおう、ということで、Japanの方で日本の住宅サイズに合わせた家具を数量限定で独自開発・販売したんです。そしたら思わぬ大ヒットになっちゃってビックリ、ということでした。最初は椅子やテーブルを30台ずつしか生産しないつもりだったのですが、結局3000台売れちゃいました。

キクチ:30台くらいしか生産しないつもりだったのに結果的に3000台売れた大ヒットになったのですね。

小林:ええ、そうです。

キクチ:それは大成功でしたね。

次にキクチさんは小林さんが現在どのような目標を持っているのかを聞き出します。
また、その目標と現状の間にどれほどの開きがあるのかを小林さんに自ら言ってもらうためにある質問をします。

ギャップを数値化、つまり見える化する質問に注目です。

キクチ:これから売り上げをさらに上げるために、「Ben’s for Japanese Homes」シリーズをさらに生産・販売していくと仰っていましたが、これに関してはどのような目標をお考えですか?

小林:目標はこのシリーズの売上を年間合計3000台から10,000台に上げることです。社長賞と一緒にグローバル本社からかなり野心的な数字目標をいただいちゃいました。

キクチ:3000台から10,000台ですか。確かに野心的な目標ですね。今はもうこの目標に取り組まれているのですよね?

小林:はい。

キクチ:その目標を達成するための全ての準備を100とすると、今はどのくらい準備できていますか?

小林:現状では・・・60です。6000台は売る自信があります。質もデザインもいい商品なので、もっと広告を強化すれば必ず売れます。

キクチ:なるほど。広告を強化して6000台売るおつもりなんですね。

小林:はい。

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ここまでの話の中でコーチであるキクチさんは、小林さんの目標達成の準備のギャップを聞き出しました。
もちろん60というのは小林さんの感覚値ですが、ギャップを数値として表現してもらうことで、双方が現状を共有できます。

2. 現状を打破できない理由を引き出す


次にキクチさんが聞き出すのは、目標と現状のギャップが存在する理由です。

キクチ:残りの40はどのようにして埋めようとお考えですか?

小林:方法がないわけではないのですが、ちょっと難しいですね・・・

ここでキクチさんは一瞬考えます。
なぜなら、小林さんは明らかに目標達成のための答えを持っているものの、それを実行することをためらっている様子が見られたからです。

そこで、キクチさんはそのバリアを取り払うためにまずはためらう理由を聞き出します。

キクチ:方法は心当たりがあるけどそれを実行するのは難しいということですか?

小林:まあ、そういうことですね・・・

キクチ:その理由をお聞かせくださいますか?

小林:・・・去年独自開発したBen’s for Japanese Homesシリーズはダイニングテーブルとダイニングチェアだけなんです。デザインの方向性はBenjamin Stoolsそのままで、寸法を日本の標準的な家に合うようにしたものです。それが市場に評価されて売れたので、単純に、他の家具、たとえばソファーや収納家具も同じように作り替えればほしいという人はいます。

キクチ:なるほど。他の種類の家具も日本の標準的な家に合うように寸法を直して作り替えればいいのですね。それがなぜ難しいのでしょうか?

小林:・・・実は去年Ben’s for Japanese Homesがあんなに売れたのは、大きな誤算だったんです。

キクチ:誤算とはどういうことですか?

小林:日本で少し話題作りをしようという軽い気持ちで、数量限定で30台だけ生産したのですが、上にちゃんと報告しなかったんです。私の直接的な上司はグローバル本社のマーケティングチーフなんですが、彼女とは別に、香港にハンス・ピアソンさんという方がいるのをご存知ですか?

キクチ:ええ、直接お会いしたことはないですけど、日本を除くアジア諸国のマーケティング部長ですよね。

小林:そうです。管轄が違うので、彼とは必要最低限以上のコミュニケーションは取っていません。・・・ただ、彼は同時にアジア圏全域のブランドマネージャーでもあるんです。その彼にBen’s for Japanese Homesを開発したことを言わなかったんです。

キクチ:そうだったんですか。なぜ言わなかったんですか?

小林:ハンスさんも忙しいし、小さい販促施策のつもりだったので、言う必要もないかなと思ったんです・・・

小林さんは理由を話してくれましたが、キクチさんは「他には?」とさらに理由を引き出そうとします。

キクチ:なるほど。他に理由はなにかありますか?

小林:なんというか、ハンスさんは結構、アラを探すというか、なかなか首を縦に振ってくれないイメージなんですよね。だからせっかく考えた施策も、相談したらノーと言われるんじゃないか、と思いました。そんなに大きな話ではないし、言うこともないかなと思っていたら、予想に反して上手く行き過ぎて社長賞までいただいちゃって・・・こんなに大ごとになるとは思わなかったんです。ハンスさんがBen’s for Japanese Homesの存在を初めて知ったのは、まさに社長賞の授賞式だったんです。かなり険しい顔をしていました・・・ブランドイメージの統一だとか、彼は色々考えがあると思うんですよ。彼の考えを、なんというか、面倒くさがって伺わなかったのは今になって申し訳なかったと思っています・・・

キクチ:そんなことがあったんですね。それは気まずいですね。ハンスさんが首を縦に振ってくれないイメージがあるから、施策を実行する前に相談しなかったんですね。

小林:そうですね。あとはやっぱり言葉の壁というか、言い争いにでもなったら英語で合意まで持っていく自信がなかったのかもしれません。英語は得意な方ですけど、そういう難しい場面に対して苦手意識はありますね。

キクチ:小林さんの苦手意識はよくわかります。母国語じゃないと勇気が要りますよね。

キクチさんはこの時点で、小林さんが現状を打破できない理由をなんとなく推測できてきました。
しかし本人の口から言ってもらうために、「もう少し詳しくお話しいただけますか?」と、オープンな質問の仕方をします。

キクチ:先ほどのお話に戻ると、ダイニングテーブルとチェア以外の家具の寸法を日本の家に合わせて作り替えるのが難しいと仰っていました。この点についてもう少し詳しくお話しいただけますか?

小林:もしかしたらお察しかもしれませんけど、別の種類の家具の日本サイズバージョンを新たに作るにはハンスさんの許可がないとダメなんです。こっそりやるなんてことはもうできません。去年のことでまだ怒っているとしたら、余計に首を縦に振ってくれなさそうじゃないですか。絶対にまだ怒ってますよ・・・

キクチ:そうだったんですね。家具を新たに作るにはハンスさんの許可が必要だけど、前回のことで怒っていそうで話しかけづらい。相談したとしても合意まで持って行きづらそう、ということですね。

小林:はい・・・

小林さんの現状が明らかになりました。
成功が見込める施策を実行するために必要な、良好な人間関係ができていないことが壁になっています。

3. 現状打破するための解決策を引き出す


キクチさんはコーチとして、小林さんの中に解決策があると信じています。
本人の口から答えが出て来るまで、辛抱強く待ちます。

キクチ:では小林さんはこれからどうしようと思いますか?

小林:そうですね・・・

キクチ:・・・(優しく目を見つめて待つキクチさん。小林さんが必ず答えてくれると信じている、ということの意思表示。)

小林:そうですね・・・結局のところ、やっぱりハンスさんと和解するしかないと思います。

キクチ:ハンスさんと和解することが大事だとお考えなんですね。

小林:はい。

キクチ:それはなぜですか?

小林:たとえ今回別の方法で10,000台売れたとしても、さらにそれ以上の売り上げを目指すには日本支社の力だけでは難しくなると思うんです。たとえば、Ben’s for Japanese Homesをアジア展開するとか、もっと大きな施策をすることになったら、ハンスさんの許可と助けがなければできません。

キクチ:ハンスさんが協力してくれれば大きな施策ができるようになるのですね。ではこれからなにをするといいと思いますか?

小林:・・・ハンスさんに謝る。

キクチ:それはいい考えだと思います。それで?

小林:それで、去年ああいう結果になった経緯をきちんと説明します。

キクチ:すばらしい!それで、どういった方法で説明されますか?

小林:これはメールではなく対面ですね。対面でなければ意味がないです。

キクチ:すばらしいです!今までお互いを避けていた間柄の相手が誠意を持って歩み寄ろうとしてくれたら、私だったら嬉しいと思います。きっとハンスさんとも直接会って話せばわかり合えますよ。

小林:そうですね。これを機に外国人の同僚や上司と話す苦手意識も少しずつ克服できるかもしれませんし。

これからの方針が決まりました。
目前の問題だけではなく、その先の未来を考えると、ハンスさんとコミュニケーションを取ることが重要です。

4. 解決策を具体化し、優先順位をつける


コーチングセッションが終わった後、すぐに行動を起こしやすいように、解決策を具体化していきます。
この時、キクチさんは個々のアクションを目標と紐付けて話します。
こうすることで、たとえば、ただ「メールを打つ」という行為が小林さんの中で「目標達成への道のりの第一歩」になります。

キクチ:では小林さん、この先売上をドンドンあげていくために、ハンスさんとのコミュニケ-ションをどのように始めますか?

小林:まずはメールで、香港オフィスでのミーティングを設定します。

キクチ:いいですね。メールの内容はどうしようと思っていますか?

小林:ハンスさんに直接会いたい理由を書きます。

キクチさんはこれまで通り、繰り返しオウム返しをします。
これは、小林さんが言うことを鏡に反射するように返してあげることで、自然と、小林さん自らの発言が彼女自身との約束であるかのような意識が生まれるからです。

キクチ:直接ミーティングをしたい理由を書くのですね。ひとつご提案してもよろしいですか?

小林:はい。

キクチ:そのメールに事の発端や経緯も書かれたらいかがでしょう?もちろん改めて口頭でも説明することではありますが、私の経験上、ミーティングをぶっつけ本番でするよりは、ミーティングで話し合われることの内容を双方が予め認識していた方がスムーズに行くと思いますよ。メールが長文になったとしても、説明がないよりはあった方がいいと思います。

小林:確かにそうですね。そうします。それで、初回のミーティングは謝罪と今後のコミュニケーションをどうするかを決めることに留めておきます。

キクチ:いいですね。その先はどのように進めますか?

小林:初回は謝罪と反省の場だと思うので、次の施策の話はまた今度にします。でも次のミーティングの設定はします。

キクチ:それは小林さんの誠意が伝わりそうですね。誠意が伝わると、どんないいことがあると思いますか?

小林:うーんたぶん、次の新しい家具を作る施策の話を持っていった時に、ハンスさんが協力してくれる気がします。

キクチ:ハンスさんが協力してくれたら、これから仕事が楽になりますね。

小林:そうですね。

キクチ:では初回のミーティングは、将来大きな施策をする時のハンスさんとの協力体制を築くために、まずは誠意を見せる、という会ですね。

小林:そうなりますね。

キクチさんとの対話を通して、小林さんのアクションプランが明確になってきました。

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5. 期限を設定する


アクションプランをいつまでに実行する、という明確な期限があれば、さらに目標達成へのイメージが強くなります。
キクチさんは対話の中で小林さんに具体的な期日を決めることを促します。

キクチ:ではいつまでにハンスさんとの初回ミーティングをしますか?

小林:このステップを踏まないとなにも始まらないので、なるべく早くがいいですね。ハンスさんのスケジュールにもよりますが、今月末までには絶対に会いたいですね。いえ、会います。

キクチ:すばらしいです。今月末というと、あと10日ですね。10日以内に初回ミーティングをするということですね。

小林:はい。そして来月中には新家具開発の施策をハンスさんに発表して、合意形成します。

キクチ:来月中ですね。具体的には、来月の何日までに施策を発表しますか?

小林:じゃあ、来月10日までに、ということにします。

キクチ:キリがいいですね。では来月の10日までに、施策の発表を楽しみにしています。

努力目標だったとしても、このように期限を明確にすることが重要です。

6. 成果の確認の仕方を決める


セッションが終わりに近づいてきました。
これから小林さんが実行するアクションが成功したかどうか判断できるように、成果の確認の仕方を一緒に決めます。
そして最後に、キクチさんはコーチとして、小林さんが必ず行動を起こすように仕向けます。

キクチ:小林さん、最後に確認なのですが、なにをもって成功ということにしましょうか?

小林:来月10日までに、ハンスさんに新家具開発のGOサインを出してもらう、ということを目指します。

キクチ:わかりました。明確でいいですね。それでは小林さん、このことを、なにがあっても絶対にやってくださいね。

小林:私、やります!

キクチ:小林さんなら、できると信じています。

こうして小林さんはコーチングセッションを通して、自分なりの目標への道筋がはっきり見出せました。
あとは行動を起こすだけです。

まとめ


今回のコーチングセッションは、小林さんという優秀で上昇志向のあるビジネスパーソンが相手だったこともあり、以下の順番通りにスムーズに進みました。

  1. 現状の確認
  2. 現状を打破できない理由を引き出す
  3. 現状打破するための解決策を引き出す
  4. 解決策を具体化し、優先順位をつける
  5. 期限を設定する
  6. 成果の確認の仕方を決める

全体を通して言えることは、必ず、コーチであるキクチさんが小林さんの了承を得てから話を先に進める、ということです。
相手がひとつひとつのステップに納得した上で、目標に導いていくのがコーチングです。

 

* * *

コーチングセッションの流れはつかめましたか?

このエピソードの中でキクチさんが発する言葉には全て意図があります。
それぞれの質問、それぞれの発言がどのような意図があって行われているのか考えながらもう一度読み返すと、面白い発見があるかもしれません。
今後のコーチングの参考になれば幸いです。

次回のエピソード2では、今回のようには上手くいかないケースをご紹介し、その際にコーチがどのように立ち回るかをお伝えします。

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